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義侠の惣七
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三遊亭圓朝校閲 司馬龍生講談 (明治32年出版より)

敵討義侠の惣七 第12席

惣七の三条本成寺での仕返し

131 さて引き続いて伺います。新飯田の村に三之丞と申す農家がございまして、その家の下女にお鉄と申して色の黒いは名詮自性、その上でっくり肥った(ふとった)全で、芋俵を見たような女でございましたが、この女と鵜の森三太とが、好中になりました。今日も新飯田の町端にてはからず出逢い
三太「そこへ来るのはお鉄じゃないか。」
お鉄「おや三太さん、この間から手紙をやるのに来てくんなさらねえ。ほんとにおまえは無情(つれない)人だよ。」
三太「何時手紙をくれたんだ。」
お鉄「あらまあ、あんな事言ってるよ。昨日も一昨日もやったそな。」
三太「おやおや、ありゃ手紙か。自己ぁ隣の子供が手習いぞう紙を引きさばいて投げ込んだんだと思った。」
お鉄「あんな憎らしい事言ってるよ。」
三太「いや実は、己も来ようと思っていたが、親分の用が色々あるから、それで来れなかったが、今夜は用を済ましたからこれから行こうと思っていたのだ。よい所で出くわした。」
お鉄「私もおまえに逢わなければならない事があるから逢おうと思ってここまで来たんだよ。」
三太「立っていて話もできめえ。何所いい所がと辺りを見ますると、土堤下に青地蔵と申す堂がございます。
132 青地蔵 青は逢とて、辻占が好と洒落(しゃれ)ながら二人は、土堤を走り下りなして見ると前戸は鍵が卸してありますから、横の方を開けてそっと入りまして、何かぺちゃぺちゃ話を致しました末、暫く詞がございませなんだ。幾らこまかく申し上げましてもよろしうございますが、これからは御規則を守って申し上げませんから、いづれも宜しくお察しの程願います。
三太「余り遅くなると親分に叱られるから、跡は明日の晩の事として、もう帰ろう。」
お鉄「そんなら左様して明日の晩は間違いなく顔を見せてくんなさい。」
と二人は出ようと致しますると、土堤の上から地蔵堂の前へ駈け下りて来る足音が致しまする。二人は出るに出られず、息を殺しておりますとは知らずして三人の男。一人はこの界隈(かいわい)の青木道助と申す博奕打でございます。一人は金三、一人は為八と申してやはり破落者(ちぶれもの)でございまする。三人共、堂の縁側に腰を掛け
道「さて二人とも聞いてくれねえ。惣七と言う野郎に、こう幅をきかされちゃ、己達も盆の上では飯が食えねえから、今夜おまえ達二人の手を借りて、彼奴の寝込みに踏み込み息の根止めてしまうつもりだが何と一と骨折ってはくれないか。」
133 金「それは兄貴、お前ばかりじゃない。己達も彼奴を生かしておいた日にゃ、飯どころか水も飲めやしねえ。なあ為八、そうじゃあねえか。」
為「金三の言う通りだ。して兄貴、殺す工夫は如何する積りだ。」
道「夜更けになって寝息を考え、己は表から斬り込むから、手前達二人は庭から切り込め。」
金「そいつはいい工夫だ。己と為八は庭から忍ぼう。」
道「やり損なわないようにしてくんねぇ。」
為「大丈夫だ。やり損なう気遣いはないから安心しなせぇ。」
道「そんなら頼む。」と耳に口寄せ何かヒソヒソささやきまして、右と左へ別れました。
これを堂の中に聞いておりました三太お鉄の二人は顔見合して
三「お鉄、今のを聞いたか。今夜夜中に親分を。」
鉄「何しろ大変だ。おまえはどうするえ。」
三「どうするって、一時も早く親分に知らせにゃならねぇ。」
鉄「そりゃ言うまでもないが、怪我をしねぇようは、さっせいよ。」
134 三「己は臆病だから怪我をする気遣いはねぇ。」
鉄「そして明日の晩は間違いなく来るのだよ。」
三「ええそれどころかえ。」と両人は地蔵堂を出まするとそのまま三太は一ッ足飛びに帰りまして
三「姉さん、親分は。」
たか「寝てお出なさるから静かにおしよ。」
三「大変ができたから親分を起しておくんなせぇ。」
たか「また始まった。仰山な大変ができたとは何が大変ができたんだぇ。」
三「何でもいいから親分を起しておくんなせぇ。」と大声上げるに惣七は目を覚まして
「枕元でやかましい、静かにしねえか。」
三「親分、寝ている所じゃ有りませんの者だか知らないが、今夜貴君様を殺しに来るよ。供も三人で。」
惣「なに殺しに来ると。そりゃ何処の者だ。」
三「何処の者だか知らないが、今夜私が青地蔵の堂にいると、表に聴こえる足音に耳を立ていると惣七を生かしておいては我々が飯が食えねぇから、今夜夜更けに斬り込んで殺してしまう。そこで一人の奴は表から、二人の奴は庭口から忍び込むと言いやした。」と聞いて惣七大いに驚き
135 惣「これ三太、それは本当か。」
三「真実嘘か、今地蔵堂で聴いたばかりだ。」
惣「そして今頃、てめぇ地蔵堂へ何しに行ったのだ。」
三「え、そりゃなに、こいつは失策。そこはお目とばしを。」
惣「この馬鹿野郎め、女でも連れ込むだんだろう。あの地蔵様は崇たか(あらたか)だから罰が当ろう。」
たか「親分、今の話が真実ならうっかり油断はできませんよ。」
惣「なーにたかが二人や三人斬り込んだって挫折を喰う惣七じゃねぇから安心しろ。そうして手前は尋常ならねぇ身体だから怪我でもしちゃいけねぇ。そっちの座敷で寝てしまえ。」
たか「たとえ身内でも何でも現在おまえを殺しに来ると云うのに如何して私が寝られましょう。」
惣「べら棒め、起きていちゃ返って足手まといだは、寝てしまえ。三太、てめえも表の締まりをよくして寝てしまえ。」
三「へい。」とふるえながら表の締まりを致しまして、こそこそと寝てしまいました。
136 惣七は仕度を致し、そのままそこへ横になり、今にも来るかと待っております処へ三人は表の方へ立ち寄りまして内の様子を見まするとしんしんと致しておりまするから仕済ましたりと二人は庭口へ廻り垣根を越え忍び忍びに雨戸の際へ参り手洗い水の吸い込みの所へ忍びました。惣七は家で大あくびを致しながら
惣「あーあ何だか今夜は寝られない。」と雨戸を開けて庭へ小便を致しますると二人の頭からシャーシャーと掛りまするが元より忍んでおりまする二人でございまするから動く事のできません。惣七は思う存分用を達してしまう心におかしさを堪え雨戸をピタリと締めながら表の方に向い、「その所へ来たのぁ誰だ。」と声を掛けながら戸を開けて飛び出しましたから戸外にいた青木道助は不意をくらって逃げてしまいました。惣七は引き返して縁先の戸を開けますると二人は驚き逃げんと致しました時に為八は庭石につまずき横に倒れる処を惣七飛び掛って押さえつけました。
137 金三はこの時早くも垣根を乗り越え逃げ出しました。惣七為八を押さえ
惣「三太、縄を持って来い。」
三「かしこまりました。」とぶるぶるしながら縄を持って来ますと惣七為八を縛り上げ
惣「やい自己は何者だ。」
為「へい私は為八と申します者でよんどころなく頼まれまして、貴郎を殺し奉りに参りました。どうぞ命を助けて下さいまし。」
惣「よんどころなく頼まれたとは、そりゃ何者に頼まれた。」
為「へい、その頼んだ人は青木道助と云う者でございます。」
惣「なに道助に頼まれたと。」
為「その通り相違はござり奉りません。あーあ跡の者は逃げてしまい、私ばかり捕まるとはよくよく武運につきた事と存じます。どうか命ばかりは助けて下さい。」
惣「助けてくれろと云うなら命は助けてやろう。以後は必ずこんな事に頼まれて来るなよ。」
為「有難うござり奉ります。もうこれでこりごりしました。」
惣「三太、野郎の縄を解いてやれ。」
三「やい己の親分を殺し奉りに来たと。とんでもない事を奉りに来やがって、とうとう自奴が奉られやがった。如何だ、恐れ入ったか。こう見えても自己だってやっぱり腕は優れているぞ。弱虫めが。」
138 とふるえながら縄を解きますると為八は両手を合わして惣七を拝み、命辛々(からがら)に逃げ行きました。これより惣七青木道助を何所でなりと出逢い次第、勝負を決しようと心掛けておりますると、毎年九月の二十二日から二十九日まで三條町の本成寺出張所で報音講のお取り越しがございまする。ここも博奕を盛んに致しまして近郷近在の博奕打ちが残らず出張って大勝負がございまする。この時惣七は子分の岩蔵を連れそこへ来ますると、本寺小路(ほんじこうじ)と云う処ではからず、かの青木道助に出逢いましたが、惣七は元よりその顔を知りませんから気がつかんでおりますると、岩蔵がこれを見つけ
岩「親分、あそこにいるのは青木道助と云う奴でございますぜ。」
惣「そうか、あいつが青木道助か。逃さねぇようにしろ。」と言いつけ、道助の側に来て
139 日蓮宗・三条本成寺 惣「おい兄ィ、ちょいと待ちねぇ。己の面を忘れはしめぇ。それともに新飯田惣七を知らねぇか。いつぞやわざわざ己の村まで首を取りに来たじゃねぇか。今日は幸いこっちから首を持って来たから、さあ受け取れ。」
と云いながら大刀を抜き斬ってかかりますると道助も南無三とは思いましたが、よんどころなくこれも大刀を引き抜き渡り合いましたが、次第次第に斬り立てられ、もう叶わぬと大刀を捨てて逃げ出しました。
惣「ひきょうなり道助。」と云いながら跡を追っかけますると岩蔵も後ろに続いて追いかけました。
道助三條中を逃げまわりました末に、渡し場まで参りますると、ちょうど今舟が出ようと云う所でございまするから道助はその舟に乗り向うへ渡りますると、ここを本成寺村と申します。この村に本成寺と云う寺が有りまして、このお寺は日蓮上人の御弟子で日郎上人と申しまするがございまして、その日郎上人が開きました本山でございまして、昔から如何なる罪人でもこの寺へ入り懺悔(ざんげ)をなし、出家となれば命は助かる事でござりまする。
140 それ故、青木道助本成寺へ逃げ込みまして、上人に身の懺悔をして救いを願いまする所へ惣七岩蔵を連れて本堂の前へ来て大音を上げ
惣「頼むー。」
番僧「どなたじゃい。どっちからお出。」
惣「私は新飯田惣七と云う者ですが、只今当山へ青木道助と云う者を追い込みましたから、こっちへお出しなすって下さい。」
番僧「何じゃ知らんが。今方来た人も有りましたが奥へ行って尋ねてみましょう。しばらく待っていて下され。」
と番僧は奥へ行く。跡に惣七岩蔵に向い
惣「岩、裏手から逃げるかも知れねぇから裏手へ行って見張っていろ。」
岩「おっと承知。」と裏手へ廻りまする。程なく上人が出て参られまして
上人「おまえかな、惣七と云う人は。なるほど今方へ青木道助と云う人が参って身の懺悔に及び命を助けておくれと愚僧への頼みじゃ。それ故に引き渡す事はならんわいな。」
141 惣「なに渡す事ぁならねぇと。いよいよ道助を出さないと云いなさりゃ、この本堂へ火をつけて焼いてしまうぜ。」
上人「いやそれは無法じゃ。たとえお上の罪人でもこの寺へ入って頭髪を落として弟子となれば命は助かると云う昔からの法じゃ。ましてや私の意怨じゃないか。そんな事を云わんで助けて遣りなされ。」
と理非を分けました。上人のお言葉恐れ入りましたと助けて遣る気になりました処へ、奥の方にキャーと云う声がしましたから惣七は裏へ廻って見ますると、子分の岩蔵がこの談判を知りませんから早くも踏み込み、道助を引きずり出し、一太刀あびせましたから惣七は見るより驚き
惣「岩蔵ぇ、飛んでもねぇ事をした。」
と見ますると余程の深傷でござりまするから、これはとても助からんと思いまして道助を引きずりながら
惣「お上人、御意見を聴かぬ乱暴者と思い召しましょうが、子分の過ちでこの深手、とても存命は思いも寄りませんから惣七がこの世の引導を渡してやります。これやぁ真に少ないが後の影向をして下さい。」
142 と金壺両紙に包んで渡し、お寺の内を汚しちゃ済みませんからと道助を門外まで連れ行き、とうとう首を打ち落としました。それより三條町内藤紀伊守様の御陣屋へ自から名乗って出まするとお役人方は直に惣七を拘留、それぞれ吟味になりますると、元々青木道助と申す者は名代の悪者でございまする。その上にこの事を観音寺久左衛門石内綱助との両人が聞きつけまして、早々三條まで参り、それぞれ多分の金銀を遣い、上下の方をこしらえましたから惣七は十日ばかり留置され、無罪にて放免に相成りました。この次第は又明晩申し上げます

内藤紀伊守信親

1825年〜1864年 第7代村上藩主
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