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三遊亭圓朝校閲 司馬龍生講談 (明治32年出版より)

敵討義侠の惣七 第10席

惣七と高橋綱助が兄弟分になる
浦佐の毘沙門堂の祭

110 ページ欠損
111 の場所へ参りまして見ると勝負の真最中でございます。
賽甚だ恐れ入ったお話でございますが龍生は博徒の事は存ぜんが骨子とか申しまして一天地六東西四三南北とお釈迦様のお説なされた道具だそうでございますが、それを二ッ坪皿とか申す物に入れまして勝負と声を懸けて開けます中は偶と半との目の争いだそうでございます。惣七は群集の中に頬被り(ほうかむり)を致し混れ(まぎれ)おりました。中盆とか申す物が声を上げ、
中「さあさあ張った。偶方、寄方(はんかた)は止った。偶方。」としきりに呼んで居りまするに
この際、寄方に計りコマを卸しまして、偶方は張り手がございません。傍らにいた惣七
惣「偶方へ張ったい。勝負しろ。」
中「駒を卸しておくれなさるとも正金を卸しておくれなさるとも寄方を見りゃ二百両余りの駒と正金でまとまって居るじゃ有りませんか。口でばかり張ったじゃ勝負が出来ねぇ。」
惣「口で張っちゃ勝負にならねぇか。ならざあ今張って遣る。」と泥草鞋(わらじ)のまま偶方へ足を入れ
112 惣「さあこれで勝負をしろ。」
中盆「おい兄い、何処の馬の骨かあ知らねぇが、この賭場を誰のだと思う。越後の国に隠れのねえ綱助親分の賭場だ。面でも洗って出直して来い。」
惣「馬の骨だぁ。今だ今、面を見せて遣るからびっくりして目をまわすな。」と手拭いを取り
惣「新飯田惣七を知らねぇか。綱助の賭場と知って乱暴に来たのだ。指でも差しやぁこの奴等ひね殺すから覚悟をしろ。」と盆ござの端に手を掛け引き捲れば(まくれば)
中盆「それ賭場暴だ。なぐってしまえ。」と一同が打って掛りました。
綱助「何だ、新飯田惣七だと、昨日今日の這い出し者めがこの綱助の賭場を乱暴とぁ、よくよく命の不用奴と見える。這い出し者の見懲になぐってしまえ。」
と言い付きますると、大勢が右左より追取りこめまかするを、惣七は松の大木を小立てに取り大刀を振り翳し(かざし)、
惣「這い出し者の腕前を見せてやるから、さあ来い。」と身構えを致しました。
綱「小癪な(こしゃくな)一言やってしまえ。」と言う時、最前から傍にいたのは、その頃上州の大親分大前田の栄五郎と申しまする人でござります。これは浦佐の博奕に付き綱助の所に来ておりました。
113 最前から始終惣七の挙動を見まして中に入り
栄「皆な、まぁ少し待ってくれ。惣七とやら言う人も少しの間待ってくれ。己は上州大前田の栄五郎と言う者だ。最前から様子はここで見ていたが、年は若いがめずらしい肝ッ玉、見殺しにするは惜しい者だと思うから、それゆえ己が止めたのだ。不承であろうが大前田に一番任してくんなせい。綱助兄弟、腹も立とうが、この場の間違いを己に預けてくれなさらねえか。」
綱「こっちから好んだ事じゃねぇ。薮から棒の賭場あらし、黙っていちゃ明日ッから盆の垢(あか)が嘗め(なめ)られねぇ。それゆえにこの喧嘩だが上州の兄弟が預けてくれろと言うなら黙って顔を立てましょう。」
栄「おい若いの、聴いている通りまず片方は預かった。あにいも如何する。預けるか預けるなら栄五郎が何分の顔も立ててやる。」と聞いて惣七は白刃を鞘(さや)に納め
惣「これは上州の親分、お姓名は兼ねてお聞き申しましたが、お目に懸るは初めて。私はこの国の新飯田惣七と言う這い出し者、以後はお目を懸けて下さいまし。少しの事からこんな間違いになり、大前田の親分にお世話になっちゃ、済みません。何分お任せ申しましょうから、宜しく様にお願い申します。」
114 栄「それで好々、何しろここでは仕方がない。何処かで一杯やろう。おい誰か来て、ちょいと一杯やる処へ案内してくんねぇ。」
子分「へー御案内を致します。」と先に立つ栄五郎惣七を連れて浦佐駅の割烹店松本と申す内へ参りまして
子分「おい姉ねぇ、お客だ。座敷は空いているか。」
下女「へい二階が空いてるすけいに上んなれや。」
子分「親分、二階の座敷が空いてるそうです。」
栄「そうか二階が空いてるか。新飯田の兄さぁ上って下さい。」
惣「まあ親分から。」 栄「それじゃ御免なせぇ。」と二階へ上る。
続いて惣七も上りまして座敷へ通りますと下女が茶煙草盆を持ち来なり
下女「お出なんしょ。今日は馬市も大分盛りやんして大層人が出やんした。兄やそん達も馬あ買いにござっかね。今年は馬もいれい高直すけに、ちっとも売れねえだむん。それだから己が処も閑だすけに、今頃ござっても二階の座敷が空いてるがんだがもし。それはそうとお肴は何にしゃんしょうもし。」
115 栄「おい姉ねい、おまえの言う事は何だか一向訳らねえ。」
下女「訳らねえがんだって面白い人だもッかむし。」
栄「なおなお訳らねぇ。何でもよいから酒と肴を早く持って来い。」
下女「じき持って来るだぁむし。」と下へ降りる。しばらく経つと綱助の子分十五六人
上って参りまして栄五郎の座敷の唐紙一重隣房でこれも同じく酒を始めました。栄五郎は盃を取り上げ、
栄「新飯田の兄い、お近づきだ。一杯飲んでおくんなせい。」
惣「有難うございます。頂きます。」と盃を引き受ける。この際、隣房で大声にて
子分「如何だ、今日の喧嘩は惣七の生意気野郎がジタバタしやがってざまぁ見ろ。■での事に殺してしまうを思った処を大前田の親分が仲へ入ったばっかりで命を助けてやったなぁ。」
〇「左様とも、あの畜生を切り損なったんで未だ癪(しゃく)の虫が納まらねぇ。」
116 △「左様だとも。親分せい、入らなけりゃ今時分は六道の辻辺りでまごまごしていやがる時分だ。命冥加な奴じゃねいか。」と話を致しておりまするのを、襖越しで聴きまして
惣「親分、九月になっても未だ暑くってこの通りの汗でございます。御免なさい。私ぁ裸体になるから何じ免して下せい。」と帯を解き、素裸体になり、長脇差しと着物を一つにして隣房の縁側へ投げ出しまして座敷の中央へ
「御免なさい親分、私ぁ百姓の小倅(せがれ)だ。刀や脇差は面倒くせえ。まさかの時にゃ腕一本だ。」
と胡坐(あぐら)をかきました。栄五郎はこれを見て猪口(ちょこ)を差し
栄「おい新飯田の兄い、猪口(ちょこ)を差したから肴をしよう。」
と傍の大刀を引き抜き切り先に肴をさして鼻の先へ突き出し
栄「おい新飯田の兄い、上州者の肴を一つ賞翫(しょうがん)してくんねぇ。」
惣「こりゃ珍しいお肴だ。越後者ぁ行儀作法を知らねえから御免なせい。」
と大口を開き切り先の肴を喰取り、ムシャムシャと喰ってしまいました。
117 栄五郎はこの体を見まして
栄「あーあ好い胴胸だ。今におまえはいい侠客になるだろう。その胴胸を見るからは。」と手を叩き
栄「あの誰でもいいから石内の親分にちょっくり来て下せいと栄五郎が言ったと言って来てくんな。」
下女「はい」と下へ降りますと暫く経って綱助は子分四五人を連れ座敷に参りました。
栄「いや兄弟、よく来てくれた。さあこの方へ。」
綱「上州の兄弟、今日は色々厄介になって済まねえの。」
栄「済むも済まねえもいるものか。さあまあこっちへ。」
綱「御免なさいよ。」と栄五郎の傍に座りました。やがて栄五郎惣七へ向い
栄「おい兄い、着物を引っ掛けてくんな。」惣「おい。」と着物を着まして元の処へ座りますると栄五郎はまた綱助に向い、
栄「さて石内の外じゃねぇが、この新飯田惣七と言う若い者ぁ如何にも今に名いる博奕打になるに違いねぇ。他人は知らず、この大前田が見た目は違いはねぇから、これから先は阿兄も兄弟だと思って目を懸けてやってくんなさい。おい新飯田のおめえもそうじゃねぇか。一杯一つ。国の言はば兄弟同様な綱助の賭場へ来て乱暴すると言うのはおとなしくねぇ。他国の者がここへ来て左様言う事があったら共に力を添えるのが同国の交誼(よしみ)じゃねぇか。これから無暗(むやみ)な事をやらねえで中をよくしなさるがいいぜ。及ばずながらこの大前田の栄五郎が中へ入って頼むからのう。」
118 惣「段々の御意見、誠に面目ございません。この上は栄五郎親分万端宜しくお頼み申します。」
栄「そこで石内のこの新飯田村惣七兄ィに盃を一つやってくれねえ。己が媒人をするから。」
綱「イャ段々。」と「骨折を懸けて済まねぇ。何事も貴所に任した。」
綱助は盃を採って惣七に差すのを栄五郎中で取って
栄「石内の兄弟、これから先はこの惣七兄ィを弟だと思って目を懸けてやんなせい。惣七兄ィ、おまえもこの綱助兄弟を兄だと思って共々力になってやんなせい幾久しく。」
と盃を差す惣七、盃を受け取って綱助に返す。綱助飲んで栄五郎に預ける。ここで綱助惣七は兄弟分となりまする。
お話変って観音寺村久左衛門惣七弥彦祭の大喧嘩は一息吐いて申し上げます。
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