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西洋なし/ルレクチェ発祥地  直江兼続と白根大凧合戦

旧西蒲原郡  巻町の菖蒲塚古墳  潟東の行人塚の大欅  米百俵の三根山藩

馬堀の首塚  澤将監の館  燕市八王寺の白藤

馬堀(まぼり)の首塚

新潟市西蒲区馬堀(旧巻町馬堀)の長恩院には、江戸時代の1752年(宝暦2年)に、
村人が蒲原郡馬堀村の名主・田辺小兵衛の功績を讃え、領主の三根山藩の許可を得て建立した、
「馬堀の首塚」と異名を持つ長恩院石塔があります。
長恩院

馬堀の首塚とその由来

新潟平野の治水事業と言えば、上杉謙信に始まる上杉家の新田開発は、
上杉景勝の重臣・直江兼続により信濃川治水事業が始まったのが、1582年〜1597年と伝えられています。
その後、信濃川の河道は幾度も氾濫し洪水を繰り返していました。
しかし1600年代になると、かつて西川が信濃川本流だった頃とは違って、
西蒲原地域では西川の水位が下り、干ばつで凶作に襲われるようになったようです。
馬堀の首塚
長恩院にある案内版によれば
この水不足からたびたび米が凶作続きとなり、この干ばつから救われるべく
蒲原郡馬堀村の名主田辺小兵衛は私財を投じて測量し、
馬堀用水路を計画し、長岡藩に許可を願い出て、馬堀用水を作ったのでありました。
「馬堀の首塚」とは、この名主の命と引き替えに用水路が完成し、
その功績を讃えて祀ったところから、首塚という異名で呼ばれているようです。
馬堀の首塚
馬堀の首塚
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