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『家族』『遙かなる山の呼び声』ロケ地〜根釧原野

高倉健・倍賞千恵子主演映画『遙かなる山の呼び声』(1980年=昭和55年3月)は根釧原野を舞台に
中標津町と別海町を中心にロケされた映画である。
実際にロケされた牧場は、中標津町より南東に位置する別海町豊原の牧場だったそうだ。
<養老牛温泉旅館藤や女将さん談話と北海道新聞北の映像ミュージアム「シネマの風景」(2007年3月3日夕刊)>
<参考文献:玉井裕志著「萌える大草原」(1987年)>
遙かなる山の呼び声 萌える大草原 遙かなる山の呼び声台本
『遙かなる山の呼び声』ロケ地は映画場面と当時の航空写真を利用して独自探査したものです。

『家族』と『遙かなる山の呼び声』

『遙かなる山の呼び声』は民子三部作の第一作『家族』(昭和45年)の続編とも言われる。
この2つの映画は、国営パイロットファーム事業が1955年(昭和30年)に始まり、
負債を抱えて離農者が続出して批判を浴びて入植計画が1964年(昭和39年)で打ち切られ
1967年(昭和42年)に廃止になった事を背景に、
夢と希望をもって入植した当時と、負債を抱えた零細酪農家や離農者の姿を描いた映画でもあるようだ。
山田洋次監督は『家族』の下準備で昭和44年冬(大阪万博の前年)に
別海町豊原の西原牧場(西原新さん)や玉井牧場(玉井裕志さん)を訪問したそうだ。
『家族』は構想5年、『遙かなる山の呼び声』の構想は昭和45年に始まったようだ。

『家族』ロケ地/中標津駅

『家族』で風見一家が夜行列車で降り立った駅が標津線中標津駅。
家族ロケ地/中標津駅
『家族』で風見一家が出発した長崎伊王島ロケ地は⇒九州ロケ地

『家族』ロケ地/開陽台

『家族』で中標津町の牧場にきてからラストシーンにかけて使われた風見民子のセリフは、
山田洋次監督が『家族』構想のため昭和44年冬に訪れた別海町豊原の玉井牧場玉井裕志さんの言葉だったそうだ。
家族ロケ地/開陽台 開陽台 家族ロケ地
〜『家族』倍賞千恵子(風見民子)のセリフ〜
「亮太さんが言っとったよ。6月になっと春がきて、春になっとね、見渡す限り緑になって花がいっぱい咲いて、
牛がモリモリ草を食べて、乳ばどんどん出すようになって、そん時になっと、今年こそは
何か良か事がありそうなって、そう思うって。父ちゃん、そん時を楽しみにせんば」

このセリフは再び『遙かなる山の呼び声』で使われた。
〜『遙かなる山の呼び声』倍賞千恵子(風見民子)のセリフ〜
「でも春んなって一面が緑色なっとね、今年はいいことがあるんじゃないかって
そう思って今年も続けてるんだけど」と高倉健(田島)とコーヒーを飲む。

『家族』ロケ地/別海町豊原 西原牧場

家族ロケ地/別海町 家族ロケ地/別海町
『家族』ロケ地の風見一家がたどり着いた亮太家は別海町豊原の西原牧場で、
撮影された住宅は現在西原牧場の物置小屋になっているそうだ。
西原牧場には昭和33年に皇太子(天皇陛下)がご訪問されていた。『家族』と同じ撮影位置だ。
根釧パイロットファーム開拓史
リンク
家族 家族
風見一家の歓迎会で笠智衆(字幕は源蔵、墓標は源造)が「西原さん」と声をかけ、炭坑節を歌う。
西原さんは昭和32年に福岡県から道外1期生として33歳で入植され、(『家族』で話している)
平成19年には子供夫婦が飼養乳牛130頭の経営をされていたそうだが、
平成24年10月現在、乳牛250頭に増えている。西原新さん平成23年2月1日87歳で永眠された。
ロケ地訪問は⇒家族・遙かなる山の呼び声ロケ地

『家族』ロケ地/別海町豊原

家族ロケ地/別海町 家族ロケ地/別海町
風見家の新居となった場所は別海町豊原で、昭和53年航空写真で確認できる。現況は牧草地。
家族ロケ地/別海町豊原

『遙かなる山の呼び声』ロケ地/別海町豊原
山口牧場(仮名)

10年後の昭和54年に『遙かなる山の呼び声』で山口牧場がロケ地に使われた。
ロケ地選定の際、高羽哲夫カメラマンが現地を訪れ、玉井さんに協力を仰ぎ、玉井さんが山口さんを説得したそうだ。
倍賞千恵子さんが山口牧場に最初に訪れたのは、山口さんのOKが出てから春撮影に入る時であり
倍賞千恵子さんが牧場生活に慣れるため1週間くらい早く来られたということだ。
玉井さんともこの時初対面だったそうだ。
玉井さんにお聞きしたところ、牧場ロケ地提供者は既に他界されており仮名とさせていただきました。

<参考文献:玉井裕志著「萌える大草原」(1987年)より>
「長い間、親しみ住み慣れた山口さんのこの生活の場が、無くなってしまおうとしている。しかし今、映画の舞台にこの
牧場が活かされた場合、フィルムに記録された山口さんの生活の場は永久的に映画の中に生き続けることになる。
そうした私の意見で山口さんからのOKが出されたのだった。」

パイロットファーム造成に湧く時代、零細酪農家の実情を描写した映画でもあり、牧草が足りなかった事で
ロケされた山口牧場は、撮影終了直後に根室の厚床地区管内の50haの草地、
高さ20mのタワーサイロのある新酪農村へ転居されたそうだ。(撮影前から移転が決まっていた)
大規模機械化牧場に希望を持って移ったが傾斜地が多く牧草が不足し平成2年頃離農されたそうだ。

それは倍賞千恵子セリフ「うちは零細農家だから」ハナ肇セリフ「牧草なんかどうしてんだ?」
高倉セリフ「この仕事辛くありませんか」につながるようだ。
「ここで過ごしたことは一生忘れません」とは山口さんの代弁をしているかのようでもある。

〜〜〜北海道新聞「シネマの風景」より抜粋〜〜〜
10年後の「遙かなる山の呼び声」には精一は登場しない。亡夫の残した牧場を民子が息子と守っている。
山田洋次監督の道内ロケを手伝ってきた釧路市の保険代理業西田さんは、映画のねらいの一端を同行して知った。
「酪農の実情について、農協の偉い人達がいいことばかり説明すると、監督はぴしゃり言う。『それは違う』って」
潤ったのは農業土木の役所と業界だけ。借金苦の離農が今も続く。
牧場主だった老女はその後、テレビで映画を見た事がある。おんぼろの家が映っていた。牛の千恵子もいた。
「こんな事もあったんだなぁ、なあんにも残らんかった。もっと早くにやめてれば良かった」と。
遙かなる山の呼び声遙かなる山の呼び声ロケ地遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原
昭和53年航空写真でロケ地が確認できる。現況は牧草地である。
牛18頭の牧場に、60人ものスタッフ・俳優らで撮影されたと言う。
中標津町で菊寿司を経営していた石田澄雄さんは山田監督と以前から交流があり毎日60人分のロケ弁を運んだ。
昭和54年春から夏秋冬にかけての四季の変化も見どころである。そして牧場は風見民子の手を離れることになる。
遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原
武田鉄矢セリフ「風見の家はどの辺でしょうか?」
大竹恵セリフ「あの家ですけど」と指差す。
遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原福士家 遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原風見民子家
風見家の隣家・福士ひとみ役の大竹恵は、大竹しのぶの妹である。
『幸福の黄色いハンカチ』のファミリアから『遙かなる山の呼び声』では千葉真一のCMで有名になった
カリーナ2ドアハードトップになっている。「決まっているね、千葉ちゃん」で人気となった車だ。
遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原 遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原
左は福士家のあった場所付近。右が風見民子家へ向かう途中。
遙かなる山の呼び声めんたの千恵子と倍賞千恵子
ロケ中に生まれた牛のメス(めんた)は、牧場主の希望で千恵子と名付けられたそうだ。
遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原 遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原
牧草集めをして昼寝をしていた所の木は現在でもあるようだ。
名づけて、『遙かなる山の呼び声の木』と命名して昼寝をしてみたいものだ。
トラクターを運転している小野泰次郎(福士役)は、『幸福の黄色いハンカチ』では牧場主人役。
『家族』でも中標津駅に風見一家を迎えに行った農夫(川井役)だ。
遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原 遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原
左が風見民子家入口付近にあった木。吉岡セリフ「いらんと言ってもあげろって」の背景の木だ。
右が風見民子家の牧場奥にあった木。
遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原 遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原
ロケ地訪問は⇒家族・遙かなる山の呼び声ロケ地

『遙かなる山の呼び声』ロケ地/別海町豊原
玉井牧場:玉井裕志文学館

2013年6月1日に玉井裕志さんは旧自宅(別海町豊原3-13)を文学館としてオープン。(道路対面にある)
遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原玉井牧場
入館無料(開館は水曜日〜日曜日)で「萌える大草原」も展示されています。
遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原 遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原
風見母子が牧場の線を張る場面や放牧場の牛を追う「ベーベー」場面、
田島耕作が夕陽を見つめる場面は8月撮影で玉井牧場がロケ地だったそうだ。
夕陽場面は根釧原野では霧がかかることが多く、月に数回しか見られない夕陽を逃さず撮影されたそうだ。
玉井牧場は時々更衣室代わりに使われたということである。
遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原 遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原
ロケ地訪問は⇒遙かなる山の呼び声ロケ地2013
(2013年10月6日)玉井裕志さん(79)を訪問。ロケ時のお話をたくさんお聞きした。
遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原 遙かなる山の呼び声ロケ地/別海町豊原
田島耕作と武志が馬に乗って放牧地から牛を牛舎へ追う場面も玉井牧場だったそうだ。
遙かなる山の呼び声ロケ地別海
健さんが馬に乗って玉井牧場へ現れた時、牛が馬の周囲を取り囲んでしまい動かなかった。
これで撮影にならず、五十嵐助監督が馬と共に3日間通い続け、牛が馬に興味を示さなくなった4日目に
ようやく撮影に成功したそうだ。

(2015年9月29日)玉井裕志さん(81)を再訪問。秘話の続きをお聞きした。
山口牧場(仮名)で獣医の畑正憲さんと高倉健さん(田島耕作)が牛のお腹を切るシーンで、
民子が田島耕作に「どこにも行かないで、私寂しい」と抱きつく場面を玉井さんは見学していたそうです。
撮影当日の夜はお天気が良く、スタッフはポンプ車を数台、大型扇風機を数台用意して嵐の夜を演出したそうです。

『遙かなる山の呼び声』ロケ地/別海町豊原
渡辺牧場

玉井さんは映画にもエキストラで出演されている。虻田三兄弟と田島耕作がジープで野ッ原に向かう場面で
酪農家の会合が行われている場面である。青いツナギを着た方が玉井さん(当時45歳)。
遙かなる山の呼び声ロケ地別海 遙かなる山の呼び声ロケ地別海
このロケ地は、山口牧場(仮名)の西隣の渡辺牧場。

『遙かなる山の呼び声』ロケ地/中標津町上武佐駅

遙かなる山の呼び声ロケ地/中標津町上武佐
『遙かなる山の呼び声』の冒頭、一夜を倍賞千恵子の牧場で過ごした高倉健と学校に行く吉岡秀隆の場面。
高倉セリフ「坊や、父さんいないんか」 吉岡セリフ「死んだ」
遙かなる山の呼び声上武佐駅前 遙かなる山の呼び声上武佐駅方向に歩く高倉健
上武佐駅方向に歩く高倉健。線路上を歩く高倉健。『遙かなる山の呼び声』の字幕とテーマ曲が流れる。
中標津町上武佐駅前(道道774号線)。
遙かなる山の呼び声ロケ地/中標津町上武佐

『遙かなる山の呼び声』ロケ地/中標津町

遙かなる山の呼び声ロケ地中標津 遙かなる山の呼び声ロケ地中標津
風見民子が腰痛で入院していた屋上ロケ地は、中標津町東7条北2丁目にあった旧中標津病院。
玉井さんによれば、民子がナースステーションの前で武志に電話したシーンは、旧町立別海病院だそうです。
これは玉井さんの奥さんが腰痛で2週間入院したことがあった実話がそのまま採用されたらしい。
倍賞千恵子さんが玉井さんの奥さんにその時の状況を詳しく聞いて牧場で倒れる演技に活かされたそうだ。
遙かなる山の呼び声ロケ地中標津 遙かなる山の呼び声ロケ地/中標津保健所前
虻田三兄弟がジープで仕返しに疾走するロケ地は、中標津町東2条南付近(現:中標津保健所前)。
遙かなる山の呼び声ロケ地中標津
パトカーが田島を迎えに行く場面は、中標津駅前付近。
遙かなる山の呼び声ロケ地/中標津町

『遙かなる山の呼び声』ロケ地/別海町床丹

ゴダイゴのモンキーマジックが流れ、勝男が運転するカリーナが走行した場所は国道244号線別海町床丹付近。
遙かなる山の呼び声ロケ地別海 遙かなる山の呼び声ロケ地別海
進行方向には野付半島が見え、カーブ道路右側には駐車帯がある。映像では車が2台駐車中のようだ。
昭和53年航空写真にこの駐車帯があり、Google航空写真では駐車帯が存在する。

『遙かなる山の呼び声』ロケ地/南中競馬場

遙かなる山の呼び声 ロケ地南中競馬場 遙かなる山の呼び声 ロケ地南中競馬場
『遙かなる山の呼び声』で南中競馬場の場内アナウンスのナレーターをされた人は
養老牛温泉旅館藤やご主人。(ご本人談話)
1ヶ月余りの長期夏ロケの間、60人ものスタッフ・俳優らの宿泊先となったのは養老牛温泉。
養老牛温泉の旅館藤やともう一軒の旅館で、2軒に宿泊されたということだ。
藤やは2014年12月末で閉館した。とても残念!

『遙かなる山の呼び声』ロケ地/中標津町西竹

遙かなる山の呼び声 ロケ地中標津町西竹小学校 遙かなる山の呼び声 ロケ地中標津町西竹小学校
吉岡秀隆(風見武志)が野球をしていた小学校は、中標津町立西竹小学校。
西竹小学校校舎は保存のため屋根の塗装ボランティアなどが行われているそうだ。
<情報提供:NPO中標津伝成館>
遙かなる山の呼び声ロケ地/中標津町西竹小学校
昭和53年航空写真だと校舎と奥の林や手前の木と駐車場の位置、
校舎と木の間にある小さな建物の位置などが似ている。
2015年(平成27年)3月西竹小学校は閉校した。
遙かなる山の呼び声 ロケ地西竹小学校 遙かなる山の呼び声 ロケ地西竹小学校
中標津町では中標津小、中標津東小、丸山小、開陽小、養老牛小、計根別小、俵橋小、
別海町では中春別小、別海小、上春別小、上西春別小、虹別小を照合したが該当せず。

『遙かなる山の呼び声』ロケ地/中標津町営墓地

遙かなる山の呼び声 ロケ地中標津町営墓地
風見家の父の3回忌が行われた墓地は、中標津町営墓地。現在は墓地前が旭ヶ丘ふれあい公園。

『遙かなる山の呼び声』ロケ地/
中標津町俵橋:中川牧場

風見家の父の3回忌後、義理の兄のデンマークのような牧場にいる。中標津町の中川牧場。
高羽カメラマン台本によれば、義理の兄を演じられた人が中川牧場の中川弘さんとそのご家族。

『遙かなる山の呼び声』ロケ地/
中村牧場草地

田島耕作(高倉健)と虻田三兄弟が対決するシーンは別撮りであったことが判明。
高羽カメラマン台本によれば「中村家草地」となっていて、「モアン川」が二重線で修正されていた。

『遙かなる山の呼び声』ロケ地/札幌

「そして冬」判決公判の朗読が始まる前の冬景色は、
札幌第2合同庁舎と札幌高等裁判所(地方裁判所)前の大通西10交差点付近。
遙かなる山の呼び声 ロケ地札幌 遙かなる山の呼び声 ロケ地札幌
設定は函館地方裁判所と思っていたが、台本では札幌地方裁判所になっていた。
この冬、北海道は暖冬で雪が少なく、積雪となった翌年1980年1月に撮影されたようだ。
裁判所の入口は札幌高等裁判所(地方裁判所)。
遙かなる山の呼び声 ロケ地札幌
撮影地点の下に駐車場があり、その先の交差点に3列で車が信号待ちをしている。
その手前に植え込みがあり、先には札幌高等裁判所の入口屋根に雪が積もっている。
更に先には札幌高等検察庁の建物の一部が見える。撮影された手前の建物は札幌第2合同庁舎になる。

『遙かなる山の呼び声』ロケ地/弟子屈駅

遙かなる山の呼び声 ロケ地弟子屈駅遙かなる山の呼び声 ロケ地弟子屈駅遙かなる山の呼び声 ロケ地弟子屈駅
網走へ護送される高倉健(田島耕作)、護送刑事役の下川辰平(なべ)と笠井一彦。
『太陽にほえろ』のチョーさんと『幸福の黄色いハンカチ』新得警察署の警察官だから適材適所だ。
「てしかが」と弟子屈町役場近くの鉄塔が見える。弟子屈⇒斜里方面に走っている。
列車内撮影ロケは釧網本線で行われた。
遙かなる山の呼び声 ロケ地弟子屈駅 遙かなる山の呼び声 ロケ地弟子屈駅
<参考:遙かなる山の呼び声
リンク
映画では急行大雪が遠軽駅に停車しているように思えるが、
映画の設定駅は美幌駅で、中標津町からだと石北本線の最寄駅である。ラストシーンは弟子屈駅でのロケ。
車掌案内「網走からの連絡列車は、湧網線中湧別行き普通列車は19時29分、2時間5分の待ち合わせ」
と流れる。網走駅到着は17時24分になるので、ひと駅前ならちょうど腹がへる時間帯で
弁当を食べる設定になったんだろう。冬季なら美幌駅案内だと日没後のはず?
釧網本線弟子屈駅(現:摩周駅)よりハナ肇(虻田)と倍賞千恵子(風見民子)が乗り込む。
下川辰平セリフ「捕まったのは、確かこの辺だったな」
遙かなる山の呼び声 ロケ地弟子屈駅
笠井一彦(田島耕作の護送刑事役)が駅弁とお茶を買う場面がある。
この弁当を売っていたのは、当時弟子屈駅前にあった青木待合所と呼ばれていた青木商店。
時刻表
(参考:交通公社の時刻表1980年1月1日発行1月号)
札幌発11時0分の急行大雪3号で、網走へ護送する設定になる。
下川辰平(なべ)のセリフ「あと一駅か」は、やっと到着するという安堵の意がくみ取れる。

車掌案内「網走行き急行大雪、次の停車駅は終着駅網走です、次の停まる駅は終着駅網走です」
同じ時刻で運行していた急行大雪は終点釧路駅行きで、映画は架空の設定になる。

『遙かなる山の呼び声』ロケ地/弟子屈町

遙かなる山の呼び声 ロケ地弟子屈 遙かなる山の呼び声 ロケ地弟子屈
車掌案内「次の停車駅は遠軽です」が始まる場面は、釧網本線南弟子屈駅と弟子屈駅の間。
昭和52年航空写真と映画撮影時の冬では建物の様子が少し違うが、遠方に釧路川(と思う)が見える。
場所は、弟子屈町弟子屈原野35線西。現況では右側の家はない。
遙かなる山の呼び声ロケ地/弟子屈町

『遙かなる山の呼び声』ロケ地/斜里町川上

遙かなる山の呼び声 ロケ地斜里 遙かなる山の呼び声 ロケ地斜里
車掌案内「次の停車駅は遠軽です」の最後の場面は、釧網本線南斜里駅と中斜里駅の間。
昭和52年航空写真と映画撮影時の冬では建物の様子が少し違うが、遠方の景色もほとんど合致。
遙かなる山の呼び声ロケ地/斜里町
建物所有者は大町さんで、2012年離農された。大町さんは自宅が映っているのをご存じだった。
場面に赤いトラクターが動いているのは大町さん運転のトラクターだそうです。(ご本人談話)
ロケ地訪問は⇒遙かなる山の呼び声ロケ地2013

『遙かなる山の呼び声』ロケ地/遠軽町生田原

遙かなる山の呼び声 ロケ地遠軽 遙かなる山の呼び声 ロケ地遠軽
『遙かなる山の呼び声』ラストシーンの列車空撮は、石北本線遠軽町生田原豊原で生野駅と生田原駅の間。
石北本線と平行に走っているのは国道242号線。
遙かなる山の呼び声ロケ地/遠軽町生田原

『遙かなる山の呼び声』の前作に『幸福の黄色いハンカチ』がある。映画製作放映とは逆転するが、
『幸福の黄色いハンカチ』は網走刑務所から出てきた男が女の元に帰るという話で、
登場人物名は異なっていても、物語的には『遙かなる山の呼び声』の続編のような気がする。
『故郷』⇒『家族』⇒『遙かなる山の呼び声』⇒『幸福の黄色いハンカチ』と物語は連載物のようにも思える。

玉井裕志著「萌える大草原」(1987年)には映画『遙かなる山の呼び声』製作経緯が書かれています。おすすめです。
〜〜〜巻頭に山田洋次監督が寄せた「玉井裕志さんと私」より〜〜〜
ー北海道の酪農は、もう行きずまっているのですよ。
初対面の玉井さんが最初に言った言葉がそれだった。
1970年『家族』の下準備で根釧原野を訪れた時のことである。
〜(中略)〜
もう一度根釧原野を写したい、あの広々とした土地にゆっくり腰を据えて、玉井さんの生活を描いてみたい、
という私の願いは、倍賞千恵子、高倉健主演の『遙かなる山の呼び声』という作品に実を結ぶことになる。
〜(中略)〜
“篤農”という言葉にふさわしい人物が、農村から姿を消しつつあるように思えてならない。
国鉄解体の次には、日本の農業に狙いを定めている今の政府権力者たちにとって、
玉井さんのような、農業と自分の生き方を重ね合わせながら真剣に思案し、
誠実に生きようと願っているような人は、むしろ邪魔者なのである。
◆◆
山田洋次監督映画で根釧原野で撮影された映画が他にもある。
『男はつらいよ知床慕情』(38作目1987年=昭和62年)で、離農する酪農家や
牛のお産の瞬間が寅さん(渥美清)と獣医(三船敏郎)と共に中標津町で撮影された。
知床慕情ロケ地
この中で、獣医(三船敏郎)の電話セリフに「はい?ああ、玉井さんか、今取り込んでてなぁ、すぐ行く」
というのがある。山田洋次監督ならでは、玉井裕志さんを想像させる一幕である。
玉井さんにこのシーンについて尋ねると「そうです、あれは私のことなんですね」とうれしそうに話された。

更に山田洋次監督が脚本された『釣りバカ日誌20ファイナル』(2009年)の中で、
獣医(吹石一恵)の携帯電話セリフに「玉井さんね、すぐ行きます」と名前が使われていたのはサプライズだ。
映画『遙かなる山の呼び声』台本(高羽哲夫カメラマン遺品より)
高羽哲夫記念館=湯川たから館(福島県湯川村大字勝常字堂後830番地)に
高羽さんが使用された遺品が展示されています。
主な登場人物キャストは印刷、黒字は手書き、【 】は追加。
田島耕作・・高倉健
風見民子・・倍賞千恵子
武志・・吉岡秀隆


田島(台本は島田となっている)駿一郎(耕作の実兄)・・鈴木瑞穂
民子の義兄・・中川弘【中川牧場】(ノンクレジット)
その妻・・
その娘・・


虻田太郎(北海料理「オホーツク」社長)・・ハナ肇
次郎(その弟)・・【神母英郎】
三郎(その弟)・・粟津號

勝男(民子の従弟)・・武田鉄矢
佳代子(勝男の新妻)・・木の葉のこ

福士(民子の隣人)・・小野泰次郎
福士房子(その妻)・・杉山とく子
福士ひとみ(その娘)・・大竹恵


獣医・・畑正憲
近藤(人工授精師)・・渥美清

競馬場の刑事A・・園田裕久
競馬場の刑事B・・青木卓
列車の刑事A・・【下川辰平】(台本書き込みは園田裕久)
列車の刑事B・・【笠井一彦】(台本書き込みは赤塚真人)

寺の僧侶・・
病院の医師・・(ホンモノ)
病院の看護婦・・(ホンモノ)
上武佐駅の農夫・・(ホンモノ)
朱美(キャバレーの女)・・
こずえ(キャバレーの女)・・

移動スーパーの運転手・・
小学校の教師・・(ホンモノ)
競馬場の係員・・【藤林高英(養老牛温泉藤や)】(ノンクレジット)
裁判官・・入江正夫
【上段に書き込み、高木信夫・土田桂司】(検察人と弁護人か?)
スキー客の若者・・【篠原靖夫】
駅弁売り・・【青木商店】(ホンモノ)
当サイトはリンクフリーです。
当サイトに掲載した「家族」「遙かなる山の呼び声」ロケ地は映画場面と当時の航空写真を照合して探査しました。
ロケ地照合探査のため、場面解説に映像(「家族」「遙かなる山の呼び声」と明記)を使用し、
国土交通省空中写真(国土交通省航空写真と明記)を利用しました。
映像の著作権は、映画(製作・配給)会社に帰属しています。

2018年9月10日朝、玉井さんから私に電話があった。11月に新刊「玉井裕志作品集」を出されるというものだった。
私は早速予約した。そして2018年11月11日に新刊「玉井裕志作品集」が玉井さんから届いた。
玉井裕志作品集
「玉井裕志作品集」(全7作品390ページ)の中には「萌える大草原」も掲載されています。
お便りは雪ん子滝沢農園メールSince2012/3/12
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